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IT企業の転職希望者と採用担当者のサポートサイトを、下記の・IT業界に精通したコンサルティング力と・20年以上の信頼性と・外資系IT採用のパイオニアの3点から、強力にバックアップしていきます。

ICT業界に精通したコンサルティング力

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このサイトの運営者が日本でのIT業界(当時はITと言う言い方が有りません)と関わり始めたのは、1982年のソード電算機システムでセールスを始めた時代からでした。当時のソードはUSのマイクロソフトとも匹敵する可能性を秘めた会社で、簡易言語のPIPSを開発して販売していました。

PIPSをIBMや大手企業が購入打診した事が有るとお聞きしましたが、その方向に動いていれば東洋のマイクロソフトになったのではと思います。運営者は、次に外資系ハードベンダーのタンデムコンピューターズ(今はHPに吸収されました)に1985年に勤めました。巨大IBMと対抗勢力のBUNCH(バローズ/ユニバック/NCR/コントロール・データ/ハネウェル)が市場を押さえている時代で、DECやHPが台頭し始めた時ノンストップコンピュータと言う革新的テクノロジーで参入したメーカーです。

当時日本タンデムは20名たらずで、運営者の入社後1週間後に高柳社長(元日本HP社長)が、3ヶ月後に和泉専務(元日本SGI社長)が、6ヶ月後に菅原常務(元日本サン社長)が入社され、運営者もトップセールス(ワールドワイドで10本の指に入る)として売上の10~15%を担い、6年後には130億円(日本)になりました。運営者にとっては28才から33才の時期に、非常に多くの事を学べ鍛えられ充実した時期でした。その後、運営者は1990年に独立し、途中ヘリコプター免許を取得したりしながら、翌年1991年から人材紹介業の道を歩き始めました。

20年以上の信頼性

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運営者が外資系IT業界専門の人材紹介業を始めた頃は、まだこの業界は認知されていなく一般の方からは馴染みのない状況でした。知合いのヘッドハンターが、子供の父兄会にお父さんの職業はと聞かれて答えられないと言う話が有ったくらいです。候補者の方を探すのからお会いするのから、大変な思いをしました。何故なら、今のようにHPやネット等が浸透して短時間に知名度を上げる事が出来ず、コンタクトする方法が限られコンタクトされた方も慣れていないせいか会社との関係を気にして来られなかったからです。

当時はまだ清水寺から飛び降りてと言う言葉が生きていた時代ですね。今だと大袈裟過ぎて笑われるでしょうけど。1997年以降日系企業もリストラを始め、人材の流動化が急務になって来たせいか政府も規制緩和を始め、今や人材ビジネスが一番規制の無いUS並みの競争社会ではないでしょうか。

運営者としては9・11やリーマンショックを、外資系IT業界専門の人材紹介業と言うスタンスを崩す事なく、今迄のコンサルの質を落とさない為にも自分の感性・努力を怠らない前提で、部下を入れる事も無く多くの実績有る顧客との結び付きと、多くの候補者を大事にする事に因って、何とか乗り切る事に成功しました。

併せて、世代交代が急速に行われて居る事にも対応して、BizReach等の新たな媒体との連携を深め、短期間に若い世代の方々とのパイプを確保し今日に至って居ります。運営者自体変化への対応力が強いせいか、次々到来する時代の変化(LinkedInや社内人事のリクルーター化)にもマーケットに合った身の丈で、上手く対応して来て居ます。

外資系ICT採用のパイオニア

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運営者が人材紹介業を始めた頃から、マイクロソフト・オラクル等ソフトベンダーが上陸して採用活動を活発に始めました。このソフトベンダーの採用の特色は、ハードベンダーの年齢の高い出来上がった方々(高給取り)のハイヤリングでなく、当時人員調整中でしたCSK等の若いエンジニアを採用し、一から教育していくものでした。ここから外資系IT業界の参加者が徐々に広がり、多くの方にチャンスが巡ってくるようになりました。

この頃お入りになった方々が、その後外資系IT業界の幹部・コントローラーや人事部長になっていきました。次に、ネットワークブームでシスコや3COMの採用フェーズが来て、その後ERPベンダーのSAP・JDエドワーズが拡大路線から採用フェーズになり、Javaで勝負を掛けたサンマイクロや対抗のHPが採用フェーズになり、2000年の全面的な採用バブル時代に入りました。

2000年の暮れには、何社からのオファーで採用条件相場が上がり、この時期により以上の飛躍を期待して海外留学した方も多かったです。只、今から思うと2000年の採用バブルはUSのリセッションの影響を受けた一時的な現象で、2001年春以降ツルベ落としのように求人は急減し、2001年夏に一時縮小均衡しかけた採用マーケットは、テロ(9・11)以降底抜け状態でした。一時、2006年からのファンドバブルの時に久しぶりに採用需要が盛り上がり、2008年のリーマンショック・2011年の東日本大震災と人材紹介業も暗黒時代に突入しました。多くの古株のエージェントや六本木ナイト系の外人エージェントが撤退して行きました。

著名外資系の人材紹介会社枠が約50社から数社から10社程に絞られた頃です。弊社も当時殆ど全てとお付合いが有りましたが、日本で10社程の条件は厳しく、結構お付合いが減ってしまいました。

但し、弊社はサバイバルゲームに勝ち抜けたお蔭で、今は人気が有り競争力の有る企業と取引関係が出来、未だ未だ外資系IT採用のパイオニアとして第一線で力を発揮出来る様、頑張って行きたいと思って居ります。